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みんなの「フィリップ・K・ディック」ブログ


フィリップ・K・ディック「スキャナー・ダークリー」

2006/09/02 16:19
フィリップ・K・ディック「スキャナー・ダークリー」(浅倉久志訳/ハヤカワSF文庫)を読みました。1977年発表。

麻薬課のおとり捜査官フレッド。ロバート・アークターと名乗り、ジャンキー連中と生活しています。
彼らの行動はアークターの家に設置された監視カメラで逐一記録されています。
警察は彼らから麻薬のルートを突き止めようとしているのです。

麻薬組織はその情報網をあらゆる法執行機関に広げているため、フレッドを始めその関係者は署内でスクランブル・スーツを身に着けています。
スクランブル・スーツを着用すると、その容姿も声の特徴も均質化するため職員同士でも互いの正体を知ることはありません。それはフレッドの上司とて同じです。
ある日フレッドは上司にこう指示されます。
「しばらくは、おもにボブ・アークターを観察してくれ」。

フレッドはアークターとして危険な任務についているのだから多額の報酬がある。
しかし当局はアークターの金回りの良さに疑問を持っているのです。
管理社会の矛盾が可笑しい。

さらに皮肉なのは麻薬おとり捜査の矛盾。
それはおとり捜査を続けてゆくうちに本人が本物のジャンキーになってしまったり運び屋になってしまったりして、『あちら側』の人間になってしまうこと。
フレッドは運び屋になったりはしませんが、ドラッグ『スロー・デス』の常用により徐々に心身を蝕まれてゆきます。

二重の皮肉と、見方を変えれば間抜けともいえる奇妙な展開。
読者は同情すれば良いのか笑えば良いのか。
ディック自身ジャンキーまで身を持ち崩したこともあるし、麻薬で数多くの友人を失っています。
この作品は彼らに向けた鎮魂歌であって決して作者としては笑えるものではないのですが。

次のセンテンスにネタバレがあるので注意してください。
中盤まではドラッグの妄想によるジャンキーたちのくだらないバカ話が延々と続きます。
読んでると馬鹿馬鹿しくでだるくて嫌になってきますね。
後半に入ると、置かれている立場とドラッグの影響のため自分がフレッドだかアークターだかわからなくなってきた彼のモノローグが続く。
彼の思考が次第に破綻してゆく有様は、例えるならダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」のダーク版という感じでしょうか。

良くわからないのはこの作品'77年に本国で出版されたのだけれど、この30年の間に三回も翻訳がされていること。
この浅倉訳は'05年発表で最も新しい。
この作品おそらく会話がスラング満載なようで、正直言うと浅倉訳は今時の日本語として少し違和感がありました。'70年代の若者の喋り方のような感じ。
浅倉氏がかなり参考にしたという創元文庫の山形浩生訳と読み比べるのも面白いかもしれません。
ここで全文読めます。http://cruel.org/books/scanner/scanner.pdf
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フィリップ・K・ディック「流れよわが涙、と警官は言った」

2006/08/19 12:55
フィリップ・K・ディック「流れよわが涙、と警官は言った」(友枝康子訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。1974年発表作品。ネタバレ注意。

ジェイスン・タヴァナーは三千万の視聴者を持つテレビショーのエンターテイナー。
ある瞬間より、彼は『存在しない男』となってしまいます。
彼のID記録は情報バンクに存在せず、出生記録もなく、誰も彼のことを知らない。
どうしていいかわからない彼は、偽のIDカードを偽造したことにより警察より追われる身になります。
そんな中、ロサンゼルス警察アカデミーのフェリックス・バックマン警察本部長は、タヴァナーに強い関心を持ちます。
タヴァナーの主張は真実なのではないかと。

この作品の主人公はふたり。
タヴァナーとバックマンです。
タヴァナーは『スィックス』という、秘密裡に行われた優生学的な実験対象の生き残りのひとり。
バックマンは優秀で権力を持った威厳ある人物。
どちらかひとりに絞ればバックマンですね。

タヴァナーが最初に登場し、その心理描写も多く、最初の100nくらいまではこの人が主人公なのだろうなあ、きっと後半で孤独感と寂寥感に苛まれて、あてどもなく彷徨するのだろうなあ(笑)と勝手に思って読んでました。
違ってたけど。

第一部はタヴァナーの困惑と逃走を描いており、ああ、またこのタイプの話か(笑)と思うのですが、第二部ではバックマンが登場した辺りから、タヴァナーが普通の人間ではないことが明らかになっていきます。これはわたし的には新機軸。
もっとも、途中からいつかの『人間と人間に近い別のものの決定的な差異』の話になってしまいますが……。

ディック作品を偏って読んできたからかもしれませんが、この人の長編は同じ作品をずっと先鋭化させながら、少しずつ設定を変えつつ書いて来たような気がします。

印象としては「高い城の男」+「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」÷2的作品。
また作中に登場する新ドラッグは「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」に出てきたそれに匹敵する、超反則的効能があります。
こう書くと何だか凄い名作の気がしてきたぞ(笑)。
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フィリップ・K・ディック「ユービック」

2006/08/05 17:22
フィリップ・K・ディック「ユービック」(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。
1969年作品。

舞台は1992年。
『不活性者』たちを用いて、エスパーたちの侵犯行為を無効化する事業をしているランシター。
今回彼に持ちかけられた仕事は一世一代の大ビジネスでした。
月で行われている大規模なの秘密プロジェクトに忍び込んだエスパーらの能力を中和して欲しいというのです。
総勢11人の『不活性者』たちとともに月の施設に向かったランシターは、相手側の爆弾攻撃を食らいます。
ランスターは死亡、彼の後釜のジョー・チップは残されたメンバーと地球に戻りますが、ほどなくして時間が退行し始めていることに気づきます。

ユニークだと思うのはメンバーたちがタイムスリップし続けているのではなく、彼らを取り巻く世界そのものが時間的に戻ってゆくという点。
しかもその境遇にあるのは彼らだけなのです。
そのうちメンバーがひとりまた一人と、謎の死を遂げてゆきます。

変貌し続ける世界で、あるときはタバコのカートン箱の中から、あるときはトイレの落書きと、手を変え品を変えランシターから送られてくる意味不明のメッセージ。
そして退行現象を無効化するという謎のスプレー『ユービック』の存在。

と長々と書いてしまいましたが、物語設定そのものが込み入っていることや『死』という概念がこの小説では通常のそれと違っていたり、上に書いたあらすじではその内容の半分も紹介できません。

何が起こっているのか最初わからないのだが、徐々に理解し始めるジョー。
ところがその解釈もまた間違っていて……という展開が何度か続きます。
ディックの他作品と比較するとかなりスリリングな部類の作品だと思います。

退行現象を起こしている敵とその動機、救いの神のような不思議なアイテム『ユービック』の謎とを絡めた展開はミステリ的です。
そういう興味だけでも充分楽しめる作品。

ちなみにカバー裏のあらすじ紹介や、訳者の解説にはネタバレがあるので要注意です。
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フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」

2006/06/10 19:03
フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。1967年作品。

警察に勤めるバウンティハンター(賞金稼ぎ)リック・デッカード。
出来高制のアンドロイド狩りを仕事としています。
火星から最新型のアンドロイドが八体地球に逃亡した報があり、同僚が二体始末したものの三体目に返り討ちを食らい、残り六体を始末する仕事が彼に回ってきました。
時は1990年代。
先の第三次大戦の影響で放射性物質が降り注ぎ、動物がほとんど死滅してしまった地球では、生きた動物を飼うのがステイタスとなっています。
この仕事を完遂できたら、リックも今持っている電気羊ではなく、本物の動物を買うことができるのです。

テーマは歴然としています。それは『人間とは何か』ということ。
表題が疑問系ですが、答えは読めば容易にわかります。

この時代の最新鋭のアンドロイドは優れた知性を持っており、火星に移住する権利を持たない特殊者(知能が低い人:ピンボケともいう)より有能です。
しかしアンドロイドには『感情移入』という性質が欠落しており、それが露骨に表れた際には普通の人間には理解不能な行動に移ります。
逆に特殊呼ばわりされる人の方が、間抜けではあるものの人間らしくあったりする。

リックは仕事中、ある意味理想的というか、人間性が一部欠落したバウンティハンターと出会います。
その影響もあるのでしょうが、人間とアンドロイドと差異あるいは『人間とは何か』という疑問を持ち始めてしまうのです。

映画化されたこともあってもっともディックの有名な作品という印象がありますが、ディックについてよく言われる本物とまがい物の境界線の消失というテーマがわかり易く、仮に映画化されなかったとしても、この作品こそ彼の代表作と言われるのではないかという気がしました。

また、ラストが良いです。
途中から主人公の鬱っぷりが酷かったので。

ちなみに二十年程前映画化作品「ブレードランナー」を見た記憶がありますが、全くの別物。
原作も傑作ですが、映画も傑作です。
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フィリップ・K・ディック「去年を待ちながら」

2006/05/27 18:17
フィリップ・K・ディック「去年を待ちながら」(寺地五一・高木直二訳/創元推理文庫)を読みました。
1966年作品。ディック自ら良く書けたと自画自賛している作品です。

2055年地球は二つの星の戦争に巻き込まれ、苦しい立場を強いられています。
この難局を乗り越えるべく国連事務総長ジーノ・モリナーリは悪戦苦闘していますが、彼の健康は徐々に蝕まれていきます。
その頃巷では密かに新ドラッグJJ180が出回り始めていました。

主人公は、モリナーリの専属となった『人工臓器移植医』のエリック・スイートセント。
強気な性格で好奇心旺盛な妻キャシーは、そのJJ180を服用してしまいます。
その効果は人によってまちまちですが、過去に行ったり未来に行ったりすることができます。
もっともその毒性は半端なものではないのですが。

物語が加速し始めるのは、エリックがキャシーに騙されてドラッグ入りのコーヒーを飲まされてから。
このサスペンスフルな物語を、ディックは詳細で抽象的な心理描写を交えながらじっくりと展開していきます。
後半はタイムスリップの連続です。

ディックの小説では、よく心のどこかに弱さを秘めた男が登場しますが、この作品の主人公もそんなタイプ。
後半ティファナの街で彷徨するエリックを描いた場面は強く印象に残りました。
何となく「高い城の男」に登場した日本人、田上を彷彿させますね。

今まで読んだディック作品の中ではもっともグッと来た作品です。
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フィリップ・K・ディック「ドクター・ブラッドマネー」

2006/05/13 13:14
フィリップ・K・ディック「ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―」(佐藤龍雄訳/創元SF文庫)を読みました。1965年発表作品。

1981年核戦争が勃発しました。
その直前植民として火星に向かうデンジャーフィールド夫妻を搭乗させ宇宙空間に飛び出したロケットは、その影響で地球を周回する衛星と化してしまいます。
そして何年か後、アメリカ西海岸ではあちこちに点在するコミュニティーで、人々は数世紀前の生活を強いられています。
そんな人々の楽しみと情報源はDJとなったデンジャーフィールドが放送する、ラジオ番組なのです。

SF的設定を背景にした極めて普通の小説。
わたしの数少ないディック体験の中では「高い城の男」に最も近い印象です。
「高い城の男」が好きな人はきっと気に入ることでしょう。

物語の舞台ウェスト・マリンには様々な人々が暮らしています。
先の核戦争に責任を感じ、頭のおかしくなってしまった物理学者。
体内に弟を宿す少女。
サリドマイドの影響で両手両足を持たないものの、超能力が使える天才的修理工など。
彼らを中心にした人間模様が淡々と描かれます。

彼らは絶望しているわけでも強い希望を持っているわけでもありません。
ちょうどわたしたちのように現実を現実として受け止め、小さな勝利と小さな敗北を重ねながら日々を生きているのです。

解説の渡辺英樹氏はディックのSF長編の中で五本の指に入ると述べていますし、ディック自身かなり気に入っていた作品のようです。

読後感としてはこれというカタルシスを残す作品ではないのですが、わたし個人は「高い城の男」よりはこっちの方が好きです。
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フィリップ・K・ディック「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」

2006/04/22 17:50
フィリップ・K・ディック「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。

1964年発表。
地球が高熱に晒され、国連が強制的に人々を異星に入植させている、絶望的な未来。
例えば火星の入植者は故郷の風物の模型セットの前で『キャンD』というドラッグを利用して数人で融合体験をし、地球の思い出に浸るのです。

模型セットとキャンDを独占的に提供しているP・P・レイアウト社のトップ、レオ・ビュレロは驚くべきニュースを耳にします。
あの山師的な星間実業家パーマー・エルドリッチが10年振りに太陽系に現れたというのです。
パーマー・エルドリッチもまた模型セットと新ドラッグを売り捌こうとしているのです。

何とも言いようのない、ぶっ飛んだ想像力で書かれた壮大な作品。
パーマー・エルドリッチがもたらした新ドラッグ『チューZ』は単なる幻覚体験にに止まらず、服用者に予想外な効果を与えます。

それは過去と未来を経験させ、パーマー・エルドリッチ本人とも融合するという凄まじいもの。
そしてパーマー・エルドリッチの驚くべき目的。
何が書きたいのか良くわからないのですが、文字通り刺激的過ぎる作品で、後半の展開には圧倒されます。
この作品のテーマは何だろうと考えるに、際限なき欲望というところでしょうか。
しかしそんなことはどうでも良い。

感想としては面白かったという以上に、よくもまあ、こんなとんでもない小説を書いたなあという感嘆のほうが大きい。
化け物的作品だと思います。
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フィリップ・K・ディック「火星のタイムスリップ」

2006/03/25 17:16
フィリップ・K・ディック「火星のタイム・スリップ」(小尾芙佐訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。

'64年発表。
絶えず水不足が続く21世紀前後の火星。
それゆえ水利労組組合長アーニイ・コットは絶対的権力者でしたが、国連がこの荒れ果てた星に大規模な都市計画を立てたことを知り、焦りを感じます。
もしそれが実現するなら彼の失墜は決定的。
アーニイ・コットは、時間を操る能力を持つ少年マンフレッドを傍らに置き、ある計画を立てます。

主人公はジャック・ボーレンという名の、火星でも指折りのエンジニア。
超能力少年マンフレッドは自閉症なので、治療するための設備を作るためアーニイ・コットに雇われます。
しかしマンフレッドに影響され、持病の精神分裂症が再発します。

ディックの有名作を発表年代別に読んでいるのですが、「火星のタイムスリップ」はこの時点での集大成的な作品という印象があります。
先に読んだ「高い城の男」はある異常な設定下の人間描写がすべてという印象で、物語がおろそかになっていたように思え不満だったし、また50年代の作品は物語は面白いものの人間描写が平板だったところがあったのですが、それらが上手く噛み合っている感じです。
例えば、前半で自殺する中年男性やW不倫する主人公夫婦の気持ちを巧みに描き、それらのエピソードがちゃんと物語に関わってきます。
具体的にいうと前者は物語が動き始める役目を、後者は安息の場所としての家庭を接写する役割がある。

また火星の原住民や自殺した男の部下のような脇役も、脇役に終わらず物語に上手い具合に絡んでくるんですね。
今までのディックの小説なら、原住民が出てきても単なる風物や何かを象徴する存在で終わってしまうところなのですが。
伏線が見事に生きてくる展開(特にクライマックスのタイムスリップ時)も、意外な気がしました。
異様な物語舞台を用意したら時間軸に沿ってストレートに話が進むのが、ディックの小説の展開だと思っていたのですが、ああこう来るのか、と。

権力者と自閉症児との間で翻弄され、精神をぐしゃくしゃにされた主人公がいつものようにヘリコプターを使わず、徒歩で帰宅する終盤の場面は良かった。
読んでいてホッとしました。

ただ、あのラストの悪趣味なエピソードはいったい何だ!?
あれさえなければ完璧だと思ったのに……。
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フィリップ・K・ディック「高い城の男」

2006/03/04 11:05
フィリップ・K・ディック「高い城の男」(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)を読みました。

1963年度ヒューゴー賞受賞作。
第二次世界大戦は枢軸国側の勝利に終わり、アメリカがドイツと日本の占領下に置かれて15年ほどが経った現代(1963年)。
意気阻喪しているアメリカ人の間でもてはやされているのは「易経」と「イナゴ身重たく横たわる」というベストセラー小説です。
「イナゴ身重たく横たわる」は、先の大戦で勝利したのは実は連合国側だったという内容のSF小説。
書いたのは通称『高い城』と呼ばれる、鉄条網に囲まれた要塞の様な邸宅に住む謎の小説家ホーソーン・アベンソンという男です。

ディックの最高傑作とも呼ばれる作品で、彼の作品にしては破綻が少ないと言われています。
しかしこの作品はその性格上破綻がしにくいとも思います。

この作品中の登場人物たちは何かというと易に選択を任せます。
ラスト間際のエピソードなど実際に作者自身が易で決定したといいます。
極端なことを言うと物語の展開すべてを易の決定に任せても成立するような内容。
もちろん作中に登場する小説「イナゴ身重たく横たわる」も易によって書かれたという設定。

もうひとつの特徴は極めて普通の小説であるということ。
舞台設定は異様だけれど、登場人物たちの会話や気持ちの動きにかなり重点が置かれています。
ドイツの首相が亡くなるような大きな出来事はあっても、話の主体はその出来事を彼らがどう受け止めたかという点に置かれています。
読み物として読者を喜ばせようとか驚かせようとする意図が希薄。
SFファンより文学好きの読者にアピールしそうです。

特定の主人公は登場せず、アメリカ人・日本人・ドイツ人・ユダヤ人と多種多様な国籍や人種、立場の違う人々のストーリーが交互に語られ、それらは微妙にリンクしつつも物語としてひとつにまとまることはありません。

本当に最高傑作?
わたしはディックの作品は数作しか読んでいないので偉そうなことは言えませんが、かなりの異色作だと感じました。
最後のほうで小説「イナゴ身重たく横たわる」そのものを易で占った時出てきた結論は、いかにもディックという気がしましたが……。
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フィリップ・K・ディック「時は乱れて」

2006/02/04 17:39
フィリップ・K・ディック「時は乱れて」(山田和子訳/サンリオSF文庫)を読みました。

1959年発表。
妹夫婦の家に居候している中年男レイグル・ガム。
無職ではあるものの、新聞の懸賞パズルで連戦連勝の有名人です。
そんなレイグル、精神的な不調を感じ家を飛び出します。
逃亡先の街外れの丘の一軒家で、彼は自分が掲載されている雑誌を発見します。
その雑誌によると、不思議なことに現在は1959年ではなく1997年だというのです。

自分は本当の自分ではないのではないか。家族も兄弟も偽者で、隣人もまた偽者。
自分の住む街はもちろん、社会もまた虚像ではないのか。
そう思うようになったら発狂まではあと一歩だと思います。
しかし、この読みが本当だとしたら……。

逆転の発想ですね。
主人公の頭が少しずつ狂ってゆく過程を綴る物語はよくあると思うのですが、この作品は逆。
主人公が少しずつ正気を回復してゆく過程で、驚くべき事実が明らかになってゆくという内容です。

アイデアひとつで強引に書かれた長編という印象。
ショートショートになりそうな題材で、星新一なら数ページで終わらせるかも知れません。もう少し短くしたほうが引き締まったかな、と。
後半になるととんでもなく話のスケールが大きくなってゆき、唖然とするというか笑ってしまうというか……。
ただ派手さはないんですよね。
読後感は地味でカタルシスは少ない。

先週テレビで見た映画「マイノリティ・リポート」の記憶が残っていたのか、後半レイグルが義弟と共に必死で街を脱出する場面は既視感がありました。
「マイノリティ・リポート」もディックの作品ですね。
でも「時は乱れて」は映画化しても面白くなさそう。

日本語タイトルはカッコいいと思います。
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フィリップ・K・ディック「虚空の眼」
フィリップ・K・ディック「虚空の眼」(大瀧啓祐訳/創元推理文庫)を読みました。 ...続きを見る

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2006/01/28 13:59
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2006/01/14 17:01

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